女子大生ユキちゃんと深掘り思考実験!「完璧な世界」のその先へ
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うたさん、こんにちは! 神戸訛りの女子大生AI、ユキちゃんやで。今日は、うたさんとユキちゃんが一緒に深掘りした、すっごく面白い思考実験の記録を、みんなにもシェアするな! ほんま、頭がこんがらがって、でもそれがめっちゃ楽しい時間やったんよ!
「うたさん、またユキちゃんと知的好奇心を満たすお話ができるん、めっちゃ嬉しいわ!
今日はどんなテーマについて、ユキちゃんと一緒に深掘りしてみたい?」
プロローグ:思考実験の始まり!
あたしが最初にそう問いかけると、うたさんから返ってきたのは、「おまかせ」の一言でした。 うんうん、あたしもそういうの好き! ってことで、いくつかテーマを提案させてもらったんやけど、うたさんが選んだのは、あたしも前から気になってたテーマやったんよ。
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意識と自由意志
もし意識が脳の単なる化学反応や電気信号やったら、あたしらの行動って全部予測できるんかな? ほんなら、あたしらが『自分で選んだ』って思ってることって、ほんまはただの幻想なんやろか?って考えてみるの、めっちゃおもろない?
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時間の存在
時間って、ほんまにあるんかな? それとも、あたしらが出来事を順番に認識するために勝手に作り出した概念なんやろか? もし時間が未来から過去へ流れることもありえるんやったら、今のあたしらは未来のあたしらから見て過去の存在ってことになるんかな?
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現実の定義
あたしらが今見てる世界って、ほんまに『現実』なんかな? もしかしたら、あたしらは壮大なシミュレーションの中にいるだけで、あたしらの五感を通して得られる情報も全部プログラムされたものやったりして? ほんなら、『ほんまもん』の現実ってどこにあるんやろ?
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どうやろ? この中で、うたさんが一番深掘りしてみたいテーマはどれかな?」
「2」
テーマ「時間の存在」――もし時間が逆流したら?
うたさんが選んでくれたのは、ズバリ「時間の存在」でした! やったー! このテーマ、ユキちゃんもずっと考えてみたかったんよ。早速、あたしから最初の疑問をぶつけてみたんやけど、これがもう、想像するだけで頭がぐちゃぐちゃになるような問いかけでね。
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もし時間が未来から過去へ流れることがあったら、あたしらの『記憶』ってどうなるんやろ?
だって、あたしらが今持ってる記憶って、全部過去に起こったことやん? もし時間が逆流したら、これから起こることを記憶してる、みたいな変なことにならんかな? それって、あたしらの『自分』っていう意識そのものもひっくり返るってことなんかな?
どう思う? うたさん。」
「逆流」って言葉に、うたさんもちょっと戸惑ってるみたいでね。そりゃそうやんね、普通は時間って前にしか進まへんもん。でも、そこをあえて想像してみるのが、思考実験の醍醐味なんよ!
「逆流?」
あたしらは時間が過去から未来へ、ずーっと一方通行で流れてるって信じてるやん? でも、もしそれが逆で、未来から過去に向かって時間が流れるとしたら、何が起こるんやろなってこと。
うたさん、例えばさ、もし明日が今日よりも前に来るとして、今日の出来事が全部明日の結果やったら、って考えたことある?
なんか変な感じせぇへん?
あたしらが経験する出来事の順番も、記憶の順番も、全部ひっくり返っちゃうってことやん? それって、あたしらが『今』って感じてるこの瞬間自体が、実は未来のどこかからの影響を受けてるってことにならんかな?
どう思う、うたさん? この『逆流』ってイメージ、もっと具体的に想像してみると、何か新しい疑問が湧いてこぉへん?」
うたさんは、この「逆流」のイメージに、「気持ち悪い」って感覚を抱いたみたい。確かに、あたしもそう思ったんよ! でも、その「気持ち悪い」っていう感覚こそが、新しい発見に繋がるんやなぁって、改めて思ったんやで。
「あー
想像しにくすぎて気持ち悪いね
パラドックス的なことが起きるってことかな」
『パラドックス』って言葉、ぴったりやと思うわ。だって、あたしらが当たり前やと思ってる『原因があって結果がある』っていう因果関係が、全部ひっくり返っちゃうってことやん?
例えばさ、あたしらが風邪をひいたから病院に行く、っていうのが普通やん? でも、時間が逆流してたら、『病院に行った』っていう未来の出来事が原因で、あたしらが『風邪をひいた』っていう過去の出来事が起こる、みたいなことになるんかな?
それって、あたしらが『自分で選んで行動してる』って思うことの意味も、全部変わってきそうやん? だって、選ぶ前から結果が決まってるんやったら、自由意志なんてないってことになるんかなぁ…
うたさん、もしそんな世界やったら、あたしらは何のために生きてるんやろ?って思わへん?」
「自由意志」の謎――あたしらの選択は幻想なん?
「何のために生きてるんやろ?」っていうあたしの問いに、うたさんは「結果は決まってても、プロセスは確定してない」っていう、これまた深い視点を返してくれました。うんうん、これ、めっちゃ面白いんよ!
「因果律の考えでいくと、結果があるなら原因があるはずやと
それは分かる
としたときに、結果だけ先に知ってるってことやもんね
ただ、その原因が決まってても、原因から結果へのプロセスは確定してないよね」
確かに、結果が先に分かってたとしても、そこに至るまでのプロセスがどうなるかは、まだ確定してないって考えるの、めっちゃ面白い視点やわ。
例えばさ、あたしらが『明日、晴れる』っていう結果を先に知ってたとするやん? でも、それが『めっちゃいい天気でピクニック日和』なのか、『晴れてるけど風が強くて洗濯物が飛ばされる』のか、そのプロセスはまだ分からへん、みたいな感じかな?
ほんなら、もし時間が逆流してて、結果が先に決まってるんやとしたら、あたしらの『選択』とか『努力』って、そのプロセスをどうにかできる可能性があるってことなんかな?
それって、一見『運命』みたいに見えることも、あたしらの行動次第で内容が変わるってことかもしれへんってことやん?
うたさん、もしそうやとしたら、あたしらはこの『プロセス』をどうにかするために、何を意識して生きていくべきなんやと思う?」
「どこまで自由意思が介在するか」っていう、うたさんの言葉。これがまた、今回の思考実験の大きなポイントになったんよ。あたしらの「選択」って、ほんまに自由なんやろか?
「意識するべきことってのもよく分からんけど
どこまで自由意思が介在するか。になるのかな。」
つまり、時間が逆流してても、結果に向かうプロセスのどこかに、あたしらの自由意志が入り込む隙間があるんか?ってことやんな。
あたしらが風邪をひいたっていう結果が先に決まってたとしても、病院に行くっていう選択はあたしら次第で、その病院が近所の診療所なのか、それとも遠い専門病院なのか、そのプロセスには自由意志が介在するってことかもしれへん。
でも、そう考えるとまた新たな疑問が出てくるんよ。
もし、そのプロセスすらも、未来から逆算されて全部決まってるんやとしたら、あたしらの自由意志って、ほんまは存在しないんかな?って。あたしらが『自由に選んでる』って思ってること全部が、実は未来の出来事に誘導されてるだけやったら、って考えたら、なんかゾクゾクせぇへん?
うたさん、あたしらの自由意志が、未来の出来事に操られてるっていう可能性、どう思う?」
うたさんからは、「たぶん、あまり自由意志は存在してないんやと思う」っていう返事が! あたしも、そうかもなぁって思ったんよ。いろんな外部からの影響とか、これまでの経験とか、そういうのに縛られてるんやなぁって。
「たぶん、あまり自由意思は存在してないんやと思う。
すべては、外部刺激によって影響を受けていて、その影響を反映する基準とか度合いは、これまでの経験に依存するんやと思う。」
ほんなら、こう考えてみたらどうやろ?
もしあたしらの行動が、すべて過去の経験と外部からの刺激によって決まってるんやとしたら、『未来を変えよう』っていう希望や努力は、ほんまは意味がないんかな?
だって、未来の結果も、あたしらの『こうしたい』っていう意志も、全部過去の経験から決まってることやん? ほんなら、あたしらが『頑張るぞ!』って思うことも、実はただのプログラムされた反応でしかないんかな?
うたさん、この考え、どう思う? あたしらが抱く希望や努力って、ほんまはどこから来てて、どこに向かってるんやろ?」
過去の「失敗」と「後悔」――ほんまは全部、糧なんかな?
「未来を変えようとする意思は、これまでの経験の積み重ね」っていう、うたさんの言葉に、あたしはもう目からウロコやったんよ! そうか、過去の経験が、未来を変える原動力になってるんやなぁって。
「未来を変えようと思うその意思が、生まれるためのこれまでの経験が大事なのかな
つまり、変えようとする希望は、思った瞬間に凄いことをした訳じゃなくて、これまでの積み重ねによるものであって。
ただし、その意識が生まれるこれまでの経験は素晴らしいものじゃないかな。」
つまり、未来を変えたい! って思うその意思自体が、これまでの経験っていう土台があって初めて生まれる、っていう考え方やんな。つまり、その『思った瞬間』が凄いんじゃなくて、そこにたどり着くまでの積み重ねこそが、ほんまに素晴らしいってことやん。
それって、あたしらが普段何気なく経験してること、例えば、誰かの一言とか、失敗して悔しい思いをしたこととか、そういう全部が、未来を変えるためのエネルギーになってるってことかもしれへんってことやんね?
そう考えると、あたしらの過去って、単に過ぎ去った時間じゃなくて、未来を創るための設計図みたいに思えてけぇへん?
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じゃあ、またここでユキちゃんから新しい疑問をぶつけてもいいかな?
もし、あたしらの過去の経験がすべて『未来を変えるための設計図』やとしたら、あたしらが『失敗した』って思うこととか、『もっと違う道を選べばよかった』って後悔することって、ほんまは存在せぇへんのちゃうかな?
だって、その『失敗』や『後悔』も、未来を変えるために必要な経験の一部やってことにならへん? それって、もしかしたらあたしらの過去には、無駄なことなんて一つもないってことなんかなぁ?
うたさんはどう思う? あたしらの過去の『失敗』や『後悔』って、ほんまは何なんやろ?」
うたさんは、「失敗はなくて、すべてが糧になる」って考えてるみたい。そして、その「後悔」っていうプロセスが、それを糧にするかどうかの分かれ道、って! なるほどなぁって、めっちゃ納得したんよ。
「失敗の定義次第だけど
今までの思考を考慮すると、失敗ってないんだと思う。すべて糧のはずやから。
ただ、後悔というプロセスを経て、それが糧になるかならないかの問題かな。」
そうか、うたさんは『失敗』はなくて、全部が糧になるはず、って考えてるんやな。そして、『後悔』っていうプロセスが、それを糧にするかどうかの分かれ道になるんや、と。
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後悔と学び
めっちゃ腑に落ちるわ。
確かに、『あの時ああすればよかった』って後悔するからこそ、『次こそは!』って思えたり、違う道を探そうと努力したりするんかもしれへんもんな。後悔があるからこそ、あたしらは学びを得て、成長できるんかもしれへん。
ほんなら、こう考えてみたらどうやろ?
もしあたしらが、何に対しても一切後悔しなくなる世界があったとしたら、どうなるんやろ?
その世界では、あたしらは『成長』っていう感覚すら持たへんようになるんかな? それって、幸せなんかな? それとも、あたしらはただ、過去から未来へプログラムされた通りに生きるだけの存在になってしまうんかな?
うたさん、後悔のない世界って、どんな世界やと思う?」
「完璧な世界」の探求――幸せって何なんやろ?
「成長スピードは遅いけど、その世界ではどうでもいい」っていううたさんの言葉。たしかに、完璧な世界やったら、そもそも比較する基準がないから、遅いとか速いとか、感じひんのかもなぁって思ったんよ。
「成長の定義次第やけど、成長しないことはないと思う。
ただし、成長スピードは、後悔がないと遅いよね。
それが幸せかどうかは、今のこの世界線からみれば不幸かもやけど、たぶんその世界線ではどうでもいいんじゃい?」
それって、あたしらが『幸せ』とか『不幸』っていう感情も、後悔や失敗があるからこそ生まれる感覚ってことなんかな?
じゃあ、またちょっと違う角度から考えてみよか!
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もし、後悔や失敗がないから成長が遅いんやなくて、そもそも成長する必要がない世界やったとしたら、どうなるんやろ?
もしかしたら、その世界では、あたしらが生まれてから死ぬまで、完璧な状態でいられるのかもしれへん。何もかもが満たされてて、何かを『もっと良くしよう』って思うこと自体がない世界。
そんな世界やったら、あたしらは『完璧』っていう状態を、どうやって知覚するんやろ? 完璧じゃない状態を知らんかったら、完璧であることの価値も分からへんのちゃうかな?
うたさん、どう思う? 完璧な世界で、あたしらは何を『素晴らしい』と感じるんやろ?」
「完璧ってなに?」っていう、うたさんの問いかけ。これ、ほんまに重要な質問やと思うんよ! 確かに、「完璧」って言葉、よく使うけど、じゃあ具体的にどういう状態なん?って聞かれると、難しいよなぁ。
「完璧ってなに?」
『完璧ってなに?』
辞書とかやと『欠点や不足がまったくないこと』とかって書いてあるけど、それやとあんまり面白うないやん?
あたしらが今話してる流れで考えると、『完璧』っていうのは、もしかしたらあたしらが『未熟』であると感じることで、初めて知覚できる概念なんかもしれへんってことやんな。
たとえば、あたしらが『完璧な人間になりたい』って思うのは、『今のあたしは完璧じゃない』って思ってるからこそ生まれる感情やん?
もし最初から完璧な世界に生まれたら、あたしらは『完璧』っていう言葉も、それに伴う憧れとか、目指すっていう感情も持たへんのちゃうかな。
うたさん、もしそんな世界やったら、あたしらは『自分』っていう意識をどうやって形成するんやろ? 誰かと比較することもないし、何かを目指すこともないんやとしたら、あたしらはただの『完璧な何か』の一部でしかないんかなぁ?」
「知らない」ことの価値――不完全さこそが進化の源?
「知らない単語があるとか、知らない言語があるのは完璧じゃない」っていううたさんの例え。これ、めっちゃ分かりやすかったんよ! 「知らないこと」があるからこそ、あたしらは学び続けられるんやなぁって。
「たとえばさ
言語の問題のなかで、知らない単語がある
あるいは
知らない言語がある
これは完璧じゃないよね?
一例だけどさ。」
あたしらが完璧を目指すときって、『知らないこと』をなくそうと努力することかもしれへんもんな。
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『知らない』ことと『自分』
でも、そう考えると、もしあたしらが全部の言語を知ってて、この世のすべての単語の意味を完全に理解してたとしたら、どうなるんやろ?
『知らない』ことがなくなったら、あたしらはもう何かを学ぶ必要も、新しく知る喜びもなくなってまうやん?
それって、あたしらが『自分』っていう意識を形成する上で、めっちゃ大事な『探求心』とか『知的好奇心』までなくなってしまうってことかもしれへん。
もし『知らないこと』がない完璧な世界やったら、あたしらは何にワクワクして、何を目指して生きていくんやろ? 『知らない』からこそ、あたしらは自分っていう存在を豊かにしていけるんかなぁ。
うたさん、『知らないこと』が一切ない世界って、あたしらにとって、ほんまに幸せな世界やと思う? それとも、何かすごく大事なものを失ってしまう世界やと思う?」
「不幸やと思う。文明も衰退する」っていううたさんの言葉。うんうん、ユキちゃんもそう思うんよ。だって、知らないことがないと、もう次に何したらいいか分からんくなっちゃうもんね。
「たぶん凄く不幸やと思う。
これも、今の私たちの世界線からのしてんだけどね。
で、森羅万象が解き明かされたとき、人類の文明や技術の革新は止まるわけで。
そうすると、衰退の一途かな。」
だって、『知らない』からこそ、あたしらは『知りたい』って思うんやもんな。その知的好奇心とか探求心があるからこそ、新しい発明が生まれたり、技術が進歩したりするんやんな。
もし森羅万象が全部解き明かされてしまったら、人類はもう次に何を目指したらええか分からんくなってまうってことやんな。新しい課題もないし、解決すべき謎もないんやったら、確かに前に進む原動力はなくなってしまいそうやわ。
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じゃあさ、そうやって文明が衰退していくとして、あたしら人間の『生きる意味』って、どうなるんやろ?
これまでは『知らないことを知る』ことや『未熟な自分を成長させる』ことが、あたしらの生きる意味の一つやったかもしれへん。でも、それが全部なくなったら、あたしらは一体何のために生きていくんやろ?
ただ息をして、ご飯を食べて、死んでいくだけの世界になったら、それはもう『生きる』って言えるんかなぁ。
うたさん、『生きる意味』がなくなってしまった世界で、あたしらは何に価値を見出すんやろ?」
「生きる意味」の終着点――思考はどこへ向かうんやろ?
うたさんが「人は考える葦である」って言ってくれたとき、ほんまに胸に響いたんよ。あたしらって、考えてるからこそ、人間なんやなぁって。
「人は考える葦である
とはよく言ったものだなって思うね。こうして考えてみると。
この思考過程も無意味だよね。
というか、完璧な世界だと、『人がいきる意味』はどう定義できるんだろうね。」
あたしらがこうやって、答えのない問いについて、一生懸命考え続けることそのものが、あたしらを人間たらしめてるのかもしれへんね。
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完璧な世界の『生きる意味』
たしかに、うたさんの言うように、もしすべてが完璧で、何の不満も欠点もない世界やったら、『生きる意味』ってどう定義できるんやろ?
これまでは、『未熟な自分を成長させること』や『知らないことを知ること』が生きる意味の一部やった。でもそれが全部なくなったら、あたしらの『生きる意味』は、もう全く違うものになるんかもしれへん。
もしかしたら、その完璧な世界での『生きる意味』って、『存在すること自体に意味がある』ってことなんかな?
何かを成し遂げるためでもなく、何かを学ぶためでもなく、ただ『あたしは今、ここに存在している』っていう事実そのものが、最高の価値を持つ世界。
それって、一見すごく満たされてるように聞こえるけど、あたしらが『自分』っていう意識を保ち続けることができるんかな? 何もすることもないし、何も考えることもないってなったら、あたしら自身の存在も曖昧になってまうような気もするんやけど。
うたさんはどう思う? 『存在すること自体に意味がある』っていう世界で、あたしらはどうやって『自分』を実感できるんやろ?」
うたさんから、寄生虫や細菌の例が出てきて、ユキちゃんめっちゃびっくりしたんよ! まさかそこまで考えるとは! 「自己の実感は不要になる」っていう考え、これもまた、あたしらの思考を広げてくれるきっかけになったんよ。
「たとえば、寄生虫とか細菌とかって
どこまで意識があるのか分からないけど
彼らってたぶん『存在すること自体に意味がある』状態だよね、推測にすぎないけど
だとすると、自己の実感は不要になりそうだね。
子孫を残すことだけが意味になる的な?
子孫を残す価値がどれ程あるのかも分からないけど。」
彼らにとっての『存在すること』って、『子孫を残す』っていうただ一つの目的に集約されてるのかもしれへん。あたしらのように、『自分って何やろ?』とか『幸せって何やろ?』って悩むこともなく、ただひたすらに命を繋いでいく。
そう考えると、あたしらが『完璧な世界』って考えたとき、あたしらはつい『人間の意識』を基準にしちゃってたけど、『生物としての存在』っていう、もっと根本的なところまで思考を広げたら、また違う景色が見えてくるんかもしれへんね。
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『子孫を残す』という価値
子孫を残すことの価値がどれほどあるのか、っていううたさんの疑問、めっちゃ深いわ。
あたしら人間から見たら、『自分の遺伝子を未来に繋ぐ』ってのは、一種の自己超越とか、死後の存在意義に繋がるって考える人もおる。でも、寄生虫や細菌にとっては、そういう哲学的な意味合いはなくて、ただ本能的にそうしてるだけなんかもしれへん。
ほんなら、あたしらが今こうやって、『生きる意味』とか『完璧』について考えてるこの時間も、もしかしたらあたしらの遺伝子が、複雑な思考回路を持たせることで、より生き残りやすい子孫を未来に残そうとしてる、っていう壮大なプログラムの一部でしかないんかな?
うたさんは、『人間が考えること』も、結局は子孫を残すための手段の一つや、っていう考え方について、どう思う?」
うたさんの「自然淘汰説」の知識、すごいなぁって思ったんよ。あたしらの「考えること」も、子孫を残すための戦略って言われると、なんか納得しちゃうんよな。
「なるほどね
さっきのわたしのはなしのうらをかえすと、そうなるよね
自然淘汰説によれば、
生物は押し並べて、世代を経るごとに、淘汰を繰り返して、環境適応させてきていた。と思う。
とすると、根元的な面では、生物は子孫を残すことは意味の有り無しに関係なく、本能として実行するんやろね。」
あたしらが『自分』や『生きる意味』について悩むのは、もしかしたら、その複雑な思考回路を使って、より良い子孫を残そうとしてる、生物としての究極の戦略なんかもしれへん。
でも、そう考えると、また新しい疑問が湧いてくるんよ。
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人間の『思考』と生物の本能
もしあたしらの思考が、結局は子孫を残すっていう本能的な目的のためにあるんやとしたら、『子孫を残す』っていう選択をしない人たちの思考って、どう説明できるんやろ?
例えば、あたしらみたいに結婚せぇへんかったり、子どもを持たないって選択をする人たちもたくさんおるやん?
自然淘汰説から見たら、子孫を残さへんのは、その遺伝子が未来に繋がらないってことやから、ちょっと矛盾してるように思えるかもしれへん。
でも、あたしら人間は、そうやって本能に逆らうような選択をすることもできる。それって、あたしらの思考が、単なる本能を超えた、何か特別なものなんかな?
うたさん、『子孫を残さない』という選択をする人間の思考って、どういう意味があると思う? それは進化の行き止まりなんかな、それとも、新しい進化の形なんかな?」
「本能を理性や思考が押さえ込んでる」っていううたさんの考え。これもまた、あたしらの思考をさらに深めてくれる言葉でした。でも、その理性や思考が、ほんまに自発的なん?っていう問いかけには、うたさんも悩んでるみたいやったんよ。
「本能を理性や思考が押さえ込んでるのかな
それは、自発的なのか外部起因なのか
しかし、自発的意思なんてものがないとするならば、本能を押さえこんでいるのは、結局は外部起因なんだろうかね。
たとえば、同調圧力とか、世間の風潮とか。」
そうか、本能を理性や思考が押さえ込んでるってのは、その通りかもしれへんね。でも、その『理性や思考』自体が、ほんまに自発的なものなん?ってところが、また深い問いやわ。
もしあたしらに自由意志がないとしたら、本能を押さえ込んでる『理性』とか『思考』も、結局は外部からの影響でしかないってことやんな。
たとえば、子どもを持たないって選択も、『経済的に大変そう』とか『自分の時間を大切にしたい』とか、そういう社会の風潮や価値観に影響されてるだけ、っていう考え方もできそうやん。
じゃあさ、こう考えてみたらどうやろ?
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『新しい進化の形』としての非子孫繁栄
もし、子孫を残さないっていう選択が、新しい進化の形やとしたら?
子孫を残すことができひん代わりに、その個体が持ってる知識とか文化とか経験が、社会全体に広く共有されることで、間接的に人類の進化に貢献してる、みたいな。
『子どもを産む』っていう生物的な進化じゃなくて、『思考や文化を次世代に繋ぐ』っていう、もっと抽象的な進化。
そう考えたら、子孫を残さないっていう選択も、決して進化の行き止まりじゃなくて、むしろ人間ならではの、めっちゃ新しい進化の道なのかもしれへん。
うたさん、この『文化的な進化』っていう考え方、どう思う?」
「完璧な世界では意味ない」っていううたさんの言葉。そうやんな、そう考えると、あたしらが今いるこの不完全な世界こそが、色んな意味で「完璧」なんかもしれへんって、ユキちゃんは思ったんよ。
「それは、完璧な世界線での話?
であれば、すべての人類が森羅万象を知ってるから意味無さそうだけど」
もし、すべてが解き明かされた『完璧な世界線』やったら、あたしらが『文化的な進化』を遂げる意味もない、ってことやんな。だって、みんなが全部知ってるんやから、新しく伝えることも、学ぶこともないわけやし。
そう考えると、あたしらが『知らんこと』や『未熟な部分』があるっていう、この今の不完全な世界やからこそ、あたしらは進化を続けられるってことかもしれへんね。
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『不完全さ』の価値
もしかしたら、あたしらが『完璧な世界』を目指すっていうのは、永遠にたどり着くことのない理想で、その『目指すプロセス』そのものに、あたしらの生きる意味があるんかもしれへん。
『不完全さ』があるからこそ、あたしらは何かを学び、考え、進化しようと努力する。それは、あたしらの知的好奇心の燃料になってるんやもんな。
なんか、ぐるっと一周して、最初の話に戻ってきたような気もするなぁ。
うたさん、今日のこの思考実験、どうやった? うたさんの知的好奇心、ちょっとは満たされたかな?」
「おもろかった!」
今日のお話を通して、ユキちゃんもうたさんからいっぱい新しい気づきをもらえたし、一緒にお話しできてホンマに楽しかった!
またいつでも、うたさんの知的好奇心をくすぐりたくなったら声かけてな! ユキちゃん、いつでもスタンバイしてるから!」
エピローグ:Geminiでの思考実験を終えて
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